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弘前城

 弘前城は江戸時代からの天守が残っている唯一の東北地方の城です。ロシア船の津軽海峡来航など、国際的な歴史を持っていることでも有名です。現在の青森県弘前市の中心に位置する弘前公園は総面積約49万2000平方メートルに及び、弘前城はその公園の中にあります。藩政時代にこの辺りを治めていた弘前藩の津軽家代々の居城であり、江戸時代の歴史を今に語り継いでいます。

歴史

 津軽藩の初代藩士である津軽為信は1550年に生まれました。1571年に津軽を統一するための活動を開始し、その19年後1590年に主家であった南部氏から独立し、津軽地方を統一しました。関ヶ原の戦いではのちに江戸幕府を開く徳川側について戦い、領地を2千石増加させました。弘前城はそんな為信が津軽地方を治めるために1603年に弘前の地に築くことを決めた城です。

 為信自身は城が完成する前に1607年に病没し、その意思を継いだのは為信の3男であった信枚であり、江戸時代初期の1610年に城が完成しました。そのころ城は「高岡城」と呼ばれていました。当初、城は本丸を初め五層五十の天守閣や多くの櫓や門、石垣や土塁、岩木川をその一部とした水濠、空濠などを巡らし防備に万全の体制を整えていました。さらに城の外にも禅宗の寺院を集めたり、五重塔を見張り塔として活用するなど城下町も城の防衛として整備されていました。本州の北端に位置する小大名の居城としてこれは大変大きなものでした。 (もっと)

見どころ

 弘前城の天守は江戸時代から残っている東北で唯一のものです。三層の天守は1810年に第9代弘前藩藩主の寧親の時に築かれました。当時は「御三階櫓」と呼ばれており、天守の代用であったと言われています。内部は現在資料館となっており、弘前城にまつわる史料や駕籠、刀、鉄砲などが展示されています。

 現存する3つの櫓はすべて3層建てで同じような姿をしていますが、それぞれ細かな違いがあります。そのうちの1つ、辰巳櫓は追手門を入ってから最初に見えるソメイヨシノに囲まれた櫓です。他の櫓童謡、防火や防弾のために土蔵造りとなっています。名前にある「辰巳」というのは十二支を使って天守から見た方向を表しており、南東に当たります。

 こちらも辰巳櫓と同じように土蔵造りの櫓です。天守閣からみて南西に当たるため、名前が「未申」となっています。未申櫓は松林の一角に位置しています。

 こちらも土蔵造りですがM、同時に銅板葺の櫓です。「丑寅」は東北を示しています。二の丸と三の丸の間にかかっている土橋からの景色が一番美しい櫓だと言われています。

 与力というのは上級武士たちに仕えていたひとたちのことで、番所とは彼らが見張りをしていた場所です。藩政の時代にはこのような番所が城内に12か所あったと言われていますが、現在は1979年に再度復元されたものが残っています。さくらまつりの期間中には和菓子などが提供される場所としても知られています。

 その他、津軽城では季節ごとに特色のあるイベントが開催されています。

春―さくらまつり
夏―ねぶた祭り
秋―紅葉祭り
冬―雪灯篭祭り
 

 特に夏に行われるねぶた祭りは世界的にも人気がある祭りです。冬に行われる雪灯篭祭りは巨大な石像や小さなかまくらがたくさん作られます。

開園時間

弘前城本丸・北の郭
4月1日~11月23日 9時~17時
さくらまつりの期間中 7時~21時
弘前城は2015年11月24日から2016年3月31日までは工事のため入場不可
弘前城植物園
4月1日~11月23日 9時~17時(チケット販売は16時半まで)
さくらまつりの期間中 9時~18時(チケット販売は17時半まで)
開園期間中無休